京都の「名門」無名時代からの大成長
京滋大学野球春季リーグは20日、最終節2回戦が行われ、びわこ成蹊スポーツ大学が明治国際医療大学を10ー0の8回コールドで下しました。
これで今春の全日程を7勝5敗、勝ち点3として終了。
その最終戦のマウンドを完璧な形で締めくくったのは、今秋のドラフト候補に挙がる最速151キロ右腕・小松勇輝投手(4年)でした。
■ 全8球ストレート勝負!圧巻の3者凡退劇
10点リードで迎えた8回裏。
2番手として救援マウンドに上がった小松投手は、打者3人に対し投げ込んだ全8球をすべてストレートという、気迫溢れる投球を披露。
力でねじ伏せる圧巻の投球で2つの三振を奪い、付け入る隙を与えない3者凡退でゲームセット。
最終戦にふさわしい見事な零封リリーフを見せました。
試合後、小松投手は手応えと課題を冷静に振り返りました。
「(先発の時以上に)しっかりと腕を振ることができた。もう少し(フォームの)タイミングが合ってくると球速も出たのかなと思いますけど、まずは最後を締めることができてよかったです」
■ 名門での無名時代から、大学日本代表候補への飛躍
小松投手は、高校野球の名門・龍谷大平安(京都)の出身。
高校時代は層の厚い投手陣の中で公式戦の登板機会に恵まれませんでした。
しかし、びわこ成蹊スポーツ大へ進学後にその才能が一気に開花。
肉体改造とフォームの連動により、自己最速は150キロを超えるまでに急成長を遂げました。
昨秋には大学日本代表候補の強化合宿にも招集されるなど、一躍アマチュア球界のトップランナーの一人としてスカウト陣から注目を集める存在となりました。
■ 「まだ5、6割」苦しんだ春を糧に、死ぬ気で挑む運命の秋
さらなる飛躍が期待された今春のリーグ戦でしたが、開幕直前に左太ももを痛めるアクシデントに見舞われました。
その影響もあり、本来の持ち味であるストレートの球速は140キロ台中盤にとどまるなど、コンディション面での苦闘を強いられました。
しかし、この試練が小松投手を大人のピッチャーへと進化させます。
力で押せない分、変化球を巧みに使った打者との駆け引きを覚え、投球の幅を広げる大きな収穫を得ました。
「今の状態はまだ5、6割ぐらい。だけど、去年に比べると四球が減ったり、制球面が上がったのは成長かなと思います」
今秋にはプロ志望届を提出する予定の小松投手。
「秋に向けて、死ぬ気で誰よりも頑張ります」と、悲願のNPB入りへ向けて並々ならぬ覚悟を口にしました。
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◇小松 勇輝(こまつ・ゆうき)
2004年(平16)4月12日生まれ、大阪府藤井寺市出身の22歳。
小1から藤井寺スターズで野球を始めて投手などを務める。
藤井寺中では河南リトルシニアに所属。
龍谷大平安(京都)では2年秋に背番号19でベンチ入り。
びわこ成蹊スポーツ大では1年秋にリーグ戦初登板。
1メートル80、81キロ。右投げ右打ち。
【編集後記:平安での悔しさをバネに。覚醒を待つ151キロのポテンシャル】
びわこ成蹊スポーツ大学の小松勇輝投手、春の最終戦を気迫の「オール直球勝負」で締める姿、実にかっこよかったですね!
彼を語る上で外せないのが、あの龍谷大平安で「公式戦登板なし」という過去です。
名門の厚い壁に跳ね返され、悔し涙をのんだ少年が、大学で151キロを投げるまでに成長し、日本代表候補の合宿にまで呼ばれるようになる。
これこそが大学野球の、そしてスカウト陣が熱視線を送る「隠れた大器」のロマンそのものです。
今春は開幕直前の左太もものケガもあり、本人にとっては100%のパフォーマンスができず、もどかしいリーグ戦だったに違いありません。
しかし、その状態(5〜6割)でも四球を減らし、変化球での組み立てで試合を作ったという事実は、秋に向けてとてつもない財産になります。
これで夏を越え、万全の体調で150キロ超の本来のストレートが戻ってきた時、どれほど手の付けられない投手になるのか。
「死ぬ気で誰よりも頑張る」という言葉通り、この夏の発奮が彼の運命を大きく変えるはずです。
秋のドラフト会議でその名前が呼ばれる瞬間まで、虎渓三笑TVでも小松投手の動向を最注目株として追い続けていきたいと思います!





